聚楽第跡の発掘調査 [発掘調査現説]
聚楽第跡の発掘調査現地説明会があったので行ってきました。
これは、京都府警察本部西陣待機宿舎建設工事に伴い京都府埋蔵文化財調査研究センターが発掘調査を実施しところ、東西方向の石垣を約32m検出されたものです。
聚楽第は、豊臣秀吉が京都に政庁兼邸宅として天正14年(1586)に造りました。
後に秀吉の養子秀次の邸宅となりましたが、秀次が謀反の疑いで切腹されると聚楽第も文禄4年に徹底的に破壊されました。
ほとんど地表面に痕跡を残しておらず、その構造や場所などは絵図があるだけで詳しく分かっていませんでした。
発掘されたこの石垣は調査地外へさらに伸びていくようです。
石は比較的大きいです。
石材は花崗岩です。
大きさは70センチから1メートルほどの石です。
加工されない自然石がほとんどです。
使用されている石材や石積みの特徴から安土桃山時代の石垣と考えられます。
高さは3~4段残っていて、これより下に石はないことから最下層の石とみられます。
石垣の傾斜は55度とやや緩やかです。
徹底的に破壊されたといわれる聚楽第ですが、堀の底近くの石垣はそのまま埋められていたようです。
また、過去の発掘調査との位置関係から聚楽第内堀に面する石垣と推定されます。
写真より上に行くに従って石が大きくなっています。
これは上方に虎口があり、その近くの石は特に大きく立派な石を使用したためと思われます。
三井文庫の聚楽第絵図です。
豪華な城だったようです。
出土した金箔瓦です。
かすかに金箔が残っています。
豪華な建物だったようですね。
聚楽第の遺構がこれほど大規模で検出されるのは、初めてです。
この日はクリスマスイブで小雪が舞う寒い京都でしたが、来た甲斐がありました。
説明会は10時から3時まで行なわれました。
10時半頃に着いたのですが、もらった資料を見ると700番台の整理番号がありました。
おそらく1000人は来たのではないでしょうか。
石垣のアップです。
栗石の層は意外と薄いです。
調査が終わると埋め戻されます。
残念なことですが、仕方ないことですね。
場所は、京都府京都市上京区上長者町裏門東入る須浜町です。
聚楽第の復元図です。
場所が市街地の住宅密集地なのでなかなか大規模な発掘調査が出来ずにいました。
これからも徐々に聚楽第の構造が分かってくるのが楽しみです。
石垣の前に見えるのが建物の基礎のパイルです。
丁度石垣を避けるようにギリギリで打ち込まれています。
パイルで破壊されなかったことも幸いしました。
これは、京都府警察本部西陣待機宿舎建設工事に伴い京都府埋蔵文化財調査研究センターが発掘調査を実施しところ、東西方向の石垣を約32m検出されたものです。
聚楽第は、豊臣秀吉が京都に政庁兼邸宅として天正14年(1586)に造りました。
後に秀吉の養子秀次の邸宅となりましたが、秀次が謀反の疑いで切腹されると聚楽第も文禄4年に徹底的に破壊されました。
ほとんど地表面に痕跡を残しておらず、その構造や場所などは絵図があるだけで詳しく分かっていませんでした。
発掘されたこの石垣は調査地外へさらに伸びていくようです。
石は比較的大きいです。
石材は花崗岩です。
大きさは70センチから1メートルほどの石です。
加工されない自然石がほとんどです。
使用されている石材や石積みの特徴から安土桃山時代の石垣と考えられます。
高さは3~4段残っていて、これより下に石はないことから最下層の石とみられます。
石垣の傾斜は55度とやや緩やかです。
徹底的に破壊されたといわれる聚楽第ですが、堀の底近くの石垣はそのまま埋められていたようです。
また、過去の発掘調査との位置関係から聚楽第内堀に面する石垣と推定されます。
写真より上に行くに従って石が大きくなっています。
これは上方に虎口があり、その近くの石は特に大きく立派な石を使用したためと思われます。
三井文庫の聚楽第絵図です。
豪華な城だったようです。
出土した金箔瓦です。
かすかに金箔が残っています。
豪華な建物だったようですね。
聚楽第の遺構がこれほど大規模で検出されるのは、初めてです。
この日はクリスマスイブで小雪が舞う寒い京都でしたが、来た甲斐がありました。
説明会は10時から3時まで行なわれました。
10時半頃に着いたのですが、もらった資料を見ると700番台の整理番号がありました。
おそらく1000人は来たのではないでしょうか。
石垣のアップです。
栗石の層は意外と薄いです。
調査が終わると埋め戻されます。
残念なことですが、仕方ないことですね。
場所は、京都府京都市上京区上長者町裏門東入る須浜町です。
聚楽第の復元図です。
場所が市街地の住宅密集地なのでなかなか大規模な発掘調査が出来ずにいました。
これからも徐々に聚楽第の構造が分かってくるのが楽しみです。
石垣の前に見えるのが建物の基礎のパイルです。
丁度石垣を避けるようにギリギリで打ち込まれています。
パイルで破壊されなかったことも幸いしました。
2012-12-25 21:59
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コメント(15)
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メリークリスマス☆
by cjlewis (2012-12-25 22:00)
Merry Christmas♪
by ゆうみ (2012-12-25 22:26)
今晩は!
Merry Christmas!
福岡 宮崎 長崎 鹿児島は訪問したことがありますが、
何故か熊本は訪問していないんです!!
by シラネアオイ (2012-12-25 23:07)
破壊されなくて良かったですね。
by pandan (2012-12-26 05:36)
際どいところでしたね~~当たると大変な
ことになるでしょう~~
by ryuyokaonhachioj (2012-12-26 07:08)
このハナシ、NHKでもニュースにしてました。
参加者の中に、ねじまき鳥さんがいたんですね。
by hawaiian (2012-12-26 07:59)
安土城も聚楽第も絵からしか想像できない幻の城ですが、
発掘調査でいろいろわかるかもしれませんね♪
私は、木造旅館の望楼のような物を想像してましたが、
天守閣もあったのですね。
by 袋田の住職 (2012-12-26 08:09)
このニュースには驚きました(^^)
by 獏 (2012-12-26 10:15)
素晴らしい発見ですが、やけに深い所なのでよく見つけましたね。
by 旅爺さん (2012-12-26 11:32)
行こうかと思ってたのですが…
新聞によると、2300人が見学されたとか…
by かずのこ (2012-12-26 17:39)
たかだか500年前の遺構がこんなに深く埋もれてるんですね。
だからこそ史実に基づいた踏査が面白いってコトでしょうか。
by 川崎工場長 (2012-12-26 19:57)
秀吉の聚楽第、豪華絢爛だったのでしょうね(笑)。
by ため息の午後 (2012-12-26 20:38)
こんばんは。
新聞記事で見ました。
by 夏炉冬扇 (2012-12-26 21:45)
秀次がいた聚楽第が徹底的に破壊されたというのは、なんか悲しいですね。
by susumu (2012-12-27 21:26)
こんばんは。
テレビで見ました〜 徹底的に破壊されたのは残念ですね。
by yakko (2012-12-27 22:03)