姫路城 その7 [お城踏査]
姫路城の続きです。
天守入場の整理券ですが、一応係の人の話では、一日の天守への入場の上限が15,000人になっているために整理券を配っているようです。
超えたら来ても天守に登れないのかな。
姫路の場合はそうですが、最近復元された駿府城のひつじざる櫓は三階だけど消防法の関係で1階しか入れないようです。
古い建物は除くそうで、新しく木造で建てた三階以上の建物に適用だそうです。
そういう解釈ならば、むしろ古い建物のほうが危険のような気がしますが。
先日の名古屋城の西南隅櫓の見学も1回で8人しか入れなかったために、大渋滞になっていました。
消防法の解釈は市町によって異なるのかな。
天守の中は火の気はないので、大丈夫だけど、実際姫路城でも何百人(最大千人以上)も天守に同時に入っているのだから、もし火事になったら大惨事になりかねません。
天守を見学すると備前丸に出ます。
備前丸から眺めた天守です。
右が西小天守、左が乾小天守です。
備前丸から見た西小天守と大天守です。
小天守は今回修理されていないので少し黒く見えます。
大天守の白さが目立ちます。
備前丸にも櫓がありましたが、明治初期の失火により焼失してしまいました。
対面所など大型の櫓でしたので、これらを復元すると更に姫路城の魅力が増すことでしょうね。
備前門と折廻櫓です。
天守のすぐ東下にあります。
備前門の南にも櫓が続いていましたが、今は失われています。
井曲輪櫓です。
中に井戸があります。
櫓内に井戸があるのは姫路城ではここだけです。
右は井曲輪櫓、左はちの門です。
下から見た備前門です。
一重の櫓門です。
備前丸にある井戸です。
かなり深そうです。
二の丸にある井戸はお菊井戸と言われます。
怪談で有名な播州皿屋敷です。
(続く)
天守入場の整理券ですが、一応係の人の話では、一日の天守への入場の上限が15,000人になっているために整理券を配っているようです。
超えたら来ても天守に登れないのかな。
姫路の場合はそうですが、最近復元された駿府城のひつじざる櫓は三階だけど消防法の関係で1階しか入れないようです。
古い建物は除くそうで、新しく木造で建てた三階以上の建物に適用だそうです。
そういう解釈ならば、むしろ古い建物のほうが危険のような気がしますが。
先日の名古屋城の西南隅櫓の見学も1回で8人しか入れなかったために、大渋滞になっていました。
消防法の解釈は市町によって異なるのかな。
天守の中は火の気はないので、大丈夫だけど、実際姫路城でも何百人(最大千人以上)も天守に同時に入っているのだから、もし火事になったら大惨事になりかねません。
天守を見学すると備前丸に出ます。
備前丸から眺めた天守です。
右が西小天守、左が乾小天守です。
備前丸から見た西小天守と大天守です。
小天守は今回修理されていないので少し黒く見えます。
大天守の白さが目立ちます。
備前丸にも櫓がありましたが、明治初期の失火により焼失してしまいました。
対面所など大型の櫓でしたので、これらを復元すると更に姫路城の魅力が増すことでしょうね。
備前門と折廻櫓です。
天守のすぐ東下にあります。
備前門の南にも櫓が続いていましたが、今は失われています。
井曲輪櫓です。
中に井戸があります。
櫓内に井戸があるのは姫路城ではここだけです。
右は井曲輪櫓、左はちの門です。
下から見た備前門です。
一重の櫓門です。
備前丸にある井戸です。
かなり深そうです。
二の丸にある井戸はお菊井戸と言われます。
怪談で有名な播州皿屋敷です。
(続く)
姫路城 その6 [お城踏査]
いよいよ天守に入ります。
ところで、天守に入るのには入場券のほかに入口で配布している整理券が必要になりました。
中にはそれを知らずに1時間も並んで、入口まで来て整理券がないので入れないと断られている人もいました。
1時間も待ったのに入れないと怒ってトラぶっている人もいたけど、そもそも殆んどの人が天守に入るのにわざわざ整理券が必要なのかと疑問に感じました。
水五の門を入ると天守曲輪に入れます。
姫路城は五重の大天守を3つの小天守を渡り櫓で結ぶ連立式天守です。
中も複雑で、天守の建物に入るのには更に門があります。
中庭です。
渡り廊下の中です。
結構広いですが、中をくるくる回っているので、今どこにいるのかわからなくなります。
壁には鉄砲などを掛けておくように作られています。
天守から見た渡り櫓と小天守です。
渡り櫓の窓は城内側は広くなっています。
明り取りのためです。
天守の中ももちろん大渋滞で、長蛇の中を進みます。
とにかく最上階を目指します。
天守は五重ですが、内部は7階です。
最上階(6階)には神様が祀られています。
最上階には天井があります。
天井は棹縁天井です。
6階の内部には入り側廊下になっています。
中には建具を入れられるようになっています。
破風の瓦と鯱です。
姫路城が白過ぎると言われるのは、屋根瓦の漆喰を高く盛ったために、下から見ると瓦の黒い部分が漆喰の白で隠されて屋根が白く見えるためです。
天守から見た西の丸です。
長い多聞櫓の様子がよくわかります。
6階の鉄砲狭間です。
四角の枠を外すとここから鉄砲を撃つことができます。
戦闘的な天守の姿です。
入り側廊下の釘隠しです。
内側に建具を入れます。
4階にある石打ち棚です。
ここに乗って攻撃をします。
大天守から見た小天守と渡り櫓です。
小天守には登れません。
1階の石落しです。
石落しの横には三角の鉄砲狭間が付いています。
天守から渡り櫓への入口です。
このように天守曲輪の中でも細かく区切られていて、それぞれの区画に厳重な扉が付いています。
天守の中まで攻め込まれてもあくまでも最後まで戦おうという意志が見えます。
戦国期を生きた実戦的な天主です。
姫路城は見た目が優雅ですが、実際には実戦的で軍事的に優れた城なのです。
地階です。
暗くてよくわかりません。
倉庫だったのでしょうか。
地階にある流し場です。
籠城のときにここで調理をします。
トイレもありますが、今回は非公開でした。
中庭から見上げた小天守と渡り櫓です。
渡り櫓は外観二重、内部二階地下一階となっていました。
(続く)
ところで、天守に入るのには入場券のほかに入口で配布している整理券が必要になりました。
中にはそれを知らずに1時間も並んで、入口まで来て整理券がないので入れないと断られている人もいました。
1時間も待ったのに入れないと怒ってトラぶっている人もいたけど、そもそも殆んどの人が天守に入るのにわざわざ整理券が必要なのかと疑問に感じました。
水五の門を入ると天守曲輪に入れます。
姫路城は五重の大天守を3つの小天守を渡り櫓で結ぶ連立式天守です。
中も複雑で、天守の建物に入るのには更に門があります。
中庭です。
渡り廊下の中です。
結構広いですが、中をくるくる回っているので、今どこにいるのかわからなくなります。
壁には鉄砲などを掛けておくように作られています。
天守から見た渡り櫓と小天守です。
渡り櫓の窓は城内側は広くなっています。
明り取りのためです。
天守の中ももちろん大渋滞で、長蛇の中を進みます。
とにかく最上階を目指します。
天守は五重ですが、内部は7階です。
最上階(6階)には神様が祀られています。
最上階には天井があります。
天井は棹縁天井です。
6階の内部には入り側廊下になっています。
中には建具を入れられるようになっています。
破風の瓦と鯱です。
姫路城が白過ぎると言われるのは、屋根瓦の漆喰を高く盛ったために、下から見ると瓦の黒い部分が漆喰の白で隠されて屋根が白く見えるためです。
天守から見た西の丸です。
長い多聞櫓の様子がよくわかります。
6階の鉄砲狭間です。
四角の枠を外すとここから鉄砲を撃つことができます。
戦闘的な天守の姿です。
入り側廊下の釘隠しです。
内側に建具を入れます。
4階にある石打ち棚です。
ここに乗って攻撃をします。
大天守から見た小天守と渡り櫓です。
小天守には登れません。
1階の石落しです。
石落しの横には三角の鉄砲狭間が付いています。
天守から渡り櫓への入口です。
このように天守曲輪の中でも細かく区切られていて、それぞれの区画に厳重な扉が付いています。
天守の中まで攻め込まれてもあくまでも最後まで戦おうという意志が見えます。
戦国期を生きた実戦的な天主です。
姫路城は見た目が優雅ですが、実際には実戦的で軍事的に優れた城なのです。
地階です。
暗くてよくわかりません。
倉庫だったのでしょうか。
地階にある流し場です。
籠城のときにここで調理をします。
トイレもありますが、今回は非公開でした。
中庭から見上げた小天守と渡り櫓です。
渡り櫓は外観二重、内部二階地下一階となっていました。
(続く)
姫路城 その5 [お城踏査]
姫路城の続きです。
ほの門です。
石垣をくり貫いた埋門形式の門です。
何しろ人が途切れなくて門の写真が撮れません。
人のいるあたりがほの門です。
中央の塀は油壁です。
ほの門から見たにの櫓です。
1重の櫓で天守への道を守ります。
ほの門を入って左手にあるイの渡り櫓です。
ほの門を入ると天守の北に渡り櫓があります。
イ、ロ、ハ、ニ、ホ、への渡り櫓です。
もともとはこちらも見学できたのですが、今は人が多すぎるため一方通行になっていてこちらには進めません。
ここは小天守の直下です。
小天守からの石落しや鉄砲狭間からの攻撃を受けてしまいます。
ほの門を進むと天守に行くにはすぐに360度Uターンして水一の門を潜らないといけません。
油壁の左にあるのが水一の門です。
思わず素通りしてまっすぐ行ってしまいそうです。
水二の門です。
右手の櫓はニの櫓です。
本当に人がいっぱいで写真が撮れません。
裏から見た水二の門です。
左は二の櫓、右は小天守です。
水三の門です。
短い区間にこれでもかというほど門が連続します。
土塀の瓦です。
姫路城の瓦は特徴的で、軒丸瓦の間に滴水瓦という三角の飾りがあります。
水四の門です。
いよいよ天守が近づいてきました。
中から見た水四の門です。
いよいよ天守への最後の関門、水五の門です。
水五の門の正面です。
門の柱には鉄板が打ちつけてあります。
次回はいよいよ天守の中に入ります。
ここまで本当に1時間以上かかりました。
(続く)
ほの門です。
石垣をくり貫いた埋門形式の門です。
何しろ人が途切れなくて門の写真が撮れません。
人のいるあたりがほの門です。
中央の塀は油壁です。
ほの門から見たにの櫓です。
1重の櫓で天守への道を守ります。
ほの門を入って左手にあるイの渡り櫓です。
ほの門を入ると天守の北に渡り櫓があります。
イ、ロ、ハ、ニ、ホ、への渡り櫓です。
もともとはこちらも見学できたのですが、今は人が多すぎるため一方通行になっていてこちらには進めません。
ここは小天守の直下です。
小天守からの石落しや鉄砲狭間からの攻撃を受けてしまいます。
ほの門を進むと天守に行くにはすぐに360度Uターンして水一の門を潜らないといけません。
油壁の左にあるのが水一の門です。
思わず素通りしてまっすぐ行ってしまいそうです。
水二の門です。
右手の櫓はニの櫓です。
本当に人がいっぱいで写真が撮れません。
裏から見た水二の門です。
左は二の櫓、右は小天守です。
水三の門です。
短い区間にこれでもかというほど門が連続します。
土塀の瓦です。
姫路城の瓦は特徴的で、軒丸瓦の間に滴水瓦という三角の飾りがあります。
水四の門です。
いよいよ天守が近づいてきました。
中から見た水四の門です。
いよいよ天守への最後の関門、水五の門です。
水五の門の正面です。
門の柱には鉄板が打ちつけてあります。
次回はいよいよ天守の中に入ります。
ここまで本当に1時間以上かかりました。
(続く)
姫路城 その4 [お城踏査]
化粧櫓を見学した後は一旦菱の門まで戻ります。
西の丸から見た天守です。
戻らなくても天守に行けますが、そうすると見ないでスルーしてしまう門があるのです。
いの門です。
姫路城の門は菱の門を入るとイロハの順に名前が付けられています。
いの門は高麗門です。
ろの門です。
いの門とろの門は一直線に並んでいます。
ろの門の裏側です。
ろの門も高麗門です。
扉の雨よけの庇が付いています。
天守が次第に近づいてきました。
楽しみです。
はの門に向かいます。
石垣と土塀にはさまれた狭い通路を進みます。
上から鉄砲で撃たれたら逃げようがありません。
絶体絶命です。
はの門です。
はの門は櫓門ですが比較的小さな門です。
はの門の柱の礎石に使われた灯籠の石です。
姫路城でも灯籠や古墳の石室や臼なども石垣の石材に使われています。
ろの櫓とにの門です。
内から見たはの門の櫓部分です。
屋根は切妻です。
右に入口が見れます。
近くによって見たかったけど、ロープで規制されていて見学コースしか見れません。
以前は自由に見れたのに、見学者が増えすぎたために規制も多くなりました。
城内も一方通行になっていて、勝手に歩き回れません。
にの門です。
にの門ははの門から180度反対を向いて、つまり天守に背を向けて進みます。
このあたりが姫路城が迷路と言われる所以です。
このあたりから混雑が激しくなって、列が全く進まなくなりました。
ここから天守までのろのろで1時間かかりました。
にの門です。
にの門も櫓門ですが、ろの櫓とつながっています。
トンネルのような石垣の間を通って進みます。
天井はとても低いですが、人が多すぎて中では写真が撮れませんでした。
にの門を抜けると天守はすぐ目前です。
しかし、ここからがさらに厳重で、ここから天守に入るのには更に6つの門を突破しなくてはなりません。
まさに名城ですね。
(まだまだ続く)
西の丸から見た天守です。
戻らなくても天守に行けますが、そうすると見ないでスルーしてしまう門があるのです。
いの門です。
姫路城の門は菱の門を入るとイロハの順に名前が付けられています。
いの門は高麗門です。
ろの門です。
いの門とろの門は一直線に並んでいます。
ろの門の裏側です。
ろの門も高麗門です。
扉の雨よけの庇が付いています。
天守が次第に近づいてきました。
楽しみです。
はの門に向かいます。
石垣と土塀にはさまれた狭い通路を進みます。
上から鉄砲で撃たれたら逃げようがありません。
絶体絶命です。
はの門です。
はの門は櫓門ですが比較的小さな門です。
はの門の柱の礎石に使われた灯籠の石です。
姫路城でも灯籠や古墳の石室や臼なども石垣の石材に使われています。
ろの櫓とにの門です。
内から見たはの門の櫓部分です。
屋根は切妻です。
右に入口が見れます。
近くによって見たかったけど、ロープで規制されていて見学コースしか見れません。
以前は自由に見れたのに、見学者が増えすぎたために規制も多くなりました。
城内も一方通行になっていて、勝手に歩き回れません。
にの門です。
にの門ははの門から180度反対を向いて、つまり天守に背を向けて進みます。
このあたりが姫路城が迷路と言われる所以です。
このあたりから混雑が激しくなって、列が全く進まなくなりました。
ここから天守までのろのろで1時間かかりました。
にの門です。
にの門も櫓門ですが、ろの櫓とつながっています。
トンネルのような石垣の間を通って進みます。
天井はとても低いですが、人が多すぎて中では写真が撮れませんでした。
にの門を抜けると天守はすぐ目前です。
しかし、ここからがさらに厳重で、ここから天守に入るのには更に6つの門を突破しなくてはなりません。
まさに名城ですね。
(まだまだ続く)
姫路城 その3 [お城踏査]
姫路城の続きです。
西の丸多聞櫓はまだ続きます。
百間廊下と言われるように200メートル近い長さです。
二重の櫓はヌの櫓です。
多聞櫓はただ長いだけではなくて、途中で仕切りの扉があります。
左の板が扉です。
多聞櫓の最後にあるのが化粧櫓です。
化粧櫓は変則的な二重櫓です。
化粧櫓は二階部分には畳が敷かれていて櫓座敷になっていました。
化粧櫓の名前は女性らしく、千姫が天満宮を遥拝する場所に使われたことに由来します。
中には千姫と腰元の人形が置かれています。
千姫とは徳川家康の孫で豊臣秀頼に嫁したのち、大坂落城により、実家に戻り、姫路城主の本多忠刻と再婚しました。
化粧櫓の内部です。
以前に姫路城に行ったときには化粧櫓の中には入れませんでしたが、今回は公開していました。
櫓の内部は座敷になっていて、床の間もあります。
平山城の場合は御殿の面積が広く取れないために櫓の中を座敷として使うことがありました。
通常の櫓の中は倉庫などに使われて殺風景ですが、化粧櫓は華やかです。
同様に櫓の中を座敷として使った例は津山城の備中櫓があります。
天井は竿縁天井です。
窓も大きく開放的で、防御のための櫓というよりも、居住空間の色合いが強いです。
化粧櫓の入口です。
化粧櫓の外に付属する土塀です。
三角や四角の銃眼(鉄砲狭間)が並びます。
銃眼の位置が低く感じます。
(続く)
西の丸多聞櫓はまだ続きます。
百間廊下と言われるように200メートル近い長さです。
二重の櫓はヌの櫓です。
多聞櫓はただ長いだけではなくて、途中で仕切りの扉があります。
左の板が扉です。
多聞櫓の最後にあるのが化粧櫓です。
化粧櫓は変則的な二重櫓です。
化粧櫓は二階部分には畳が敷かれていて櫓座敷になっていました。
化粧櫓の名前は女性らしく、千姫が天満宮を遥拝する場所に使われたことに由来します。
中には千姫と腰元の人形が置かれています。
千姫とは徳川家康の孫で豊臣秀頼に嫁したのち、大坂落城により、実家に戻り、姫路城主の本多忠刻と再婚しました。
化粧櫓の内部です。
以前に姫路城に行ったときには化粧櫓の中には入れませんでしたが、今回は公開していました。
櫓の内部は座敷になっていて、床の間もあります。
平山城の場合は御殿の面積が広く取れないために櫓の中を座敷として使うことがありました。
通常の櫓の中は倉庫などに使われて殺風景ですが、化粧櫓は華やかです。
同様に櫓の中を座敷として使った例は津山城の備中櫓があります。
天井は竿縁天井です。
窓も大きく開放的で、防御のための櫓というよりも、居住空間の色合いが強いです。
化粧櫓の入口です。
化粧櫓の外に付属する土塀です。
三角や四角の銃眼(鉄砲狭間)が並びます。
銃眼の位置が低く感じます。
(続く)