長浜城せんべい [お城情報]

長浜城のせんべいです。

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包装には豊臣秀吉 長浜城せいべいとあります。

長浜市の竹生製菓が作っています。

豊臣秀吉は近江の小谷城にいた浅井氏攻めに戦功があったために、浅井氏の旧領を与えられました。
秀吉は山城である小谷城を廃止して、新たに琵琶湖畔に長浜城を築きました。

長浜はかつては今浜と呼ばれていましたが、秀吉は信長の「長」の字をとって長浜と改名しました。
秀吉らしいちゃっかりさが窺われます。

そのために長浜城は秀吉ゆかりの城です。

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せんべいのアップです。

お城の形をしているところがいいですね。

形は長浜城というよりか彦根城に似ている気もしますが・・。

長浜城は滋賀県長浜市にあります。


名古屋城本丸御殿の復元工事の近況27年5月中旬 [名古屋城本丸御殿]

名古屋城本丸御殿の復元工事の近況です。

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手前は上台所、奥は孔雀の間です。

上台所の屋根の小屋組はあまり変わっていませんでした。

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左が孔雀の間、右が上台所の屋根です。

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左は対面所の屋根です。

なにやら覆いがかぶさっています。
何でしょうか。
とくに説明はなかったのですが、もしかしたら破風を漆塗りするための養生でしょうか。

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対面所と下御膳所の境の屋根です。

段差が埋められていました。

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手前が下御膳所、奥が対面所です。

こうしてみると対面所の屋根の破風のみ覆いがあります。
対面所だけは漆塗りの破風だったのでしょうか。

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本丸御殿の図面です。

上に出た部分が台所です。

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台所の古写真です。
後ろに写るのは名古屋城小天守でした。

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さつき展を開催していました。

どの花もきれいでした。

5月29日に本丸御殿現場見学会があります。
平日なので、参加できるか微妙ですが。



百々城@愛知県岡崎市 [お城踏査]

百々城は愛知県岡崎市百々町にあった中世城館です。

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城跡の遠景です。
台地の端にあったことがわかります。

百々城は「どうど」と読みます。
「どうど」という地名は川の近くにあることが多いです。
川の流れる音がどうどうと流れるために付けられました。

この百々城も川の近くにあります。

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百々城の城主は青山氏でした。

現在も城跡に青山氏の墓碑があります。

この一帯は厳かな雰囲気です。
城の明瞭な遺構はありません。

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墓碑のアップです。
立派なものです。

亀の上に墓碑が載っています。

江戸時代に子孫によって建てられました。


田口城@愛知県岡崎市 [お城踏査]

田口城は愛知県岡崎市田口町御屋敷にあった中世城館です。

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田口城付近です。

城跡は宅地となっています。
土塁と思われるような高まりもありますが、はっきりしません。

付近は字御屋敷といい、中世城館があったに相応しい地名が残ります。

この付近は田口の集落の中で最も高い場所です。

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城主の墓と伝えられる五輪塔が城跡にあります。

田口城の城主は中根七九郎と伝えられます。

箱柳城の中根氏の一族と思われます。

田口城と箱柳城は比較的近くにありますので、おそらくそうでしょう。

石碑も何もないお城ですが、よく見ると城跡を偲ぶこともできます。


箱柳城@愛知県岡崎市 [お城踏査]

箱柳城は愛知県岡崎市箱柳町にあった中世城館てす。

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石碑です。

とても立派な石碑です。
郷土の人の城跡に対する愛着が感じられます。

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裏の碑文です。

平成14年に建てられました。

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そのアップです。

箱柳城の城主は中根氏でした。
室町時代の正長年間に中根平右衛門盛信によって築かれました。
子孫は徳川家康に仕えています。

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近くにある史跡の案内図です。

こういう案内が整備されているだけで、地元の人の熱意がわかります。

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実際の箱柳城のあった場所はこの石碑の場所ではありません。
石碑より南の山の斜面にありました。

現在は数段の削平地と石垣が残るだけです。
城というよりは屋敷城、居館でした。


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